コラム
絶滅した地域固有の魚「スワモロコ」
コラム
2025年3月31日
諏訪(すわ)の名前を冠した生物がいるのをご存じでしょうか。
魚に詳しい人であれば頭に浮かぶのが、諏訪湖と周辺地域の固有種(亜種)として知られるスワモロコ(Gnathopogon elongatus suwae )です。新種として記載されたのは、今からちょうど100年前の1925年のこと。米国スタンフォード大学総長でもあった世界的な魚類学者DSジョーダン博士が1922年10月から11月にかけて日本を訪れた際、上諏訪でタモロコを採集し、これらが他の地域のタモロコとははっきりと異なっていることに気が付きました。このとき採集された9個体に加え、木崎湖で太田(T. Ota)氏によって採集された5個体もスワモロコと同定され、米国カーネギー博物館に収められることになりました。体が細長く、鰓耙(さいは:餌をこしとるための器官)の数が多いなど、広い湖での遊泳や動物プランクトン食への適応が進み、河川に住む一般的なタモロコ(G. elongatus elongatus )よりは琵琶湖に住むホンモロコ(G. carulescens )に近い体型や生態をもっていたと考えられています。
しかし、その後の記録は1960年代の標本を最後に途絶え、スワモロコの存在の証は博物館の収蔵資料のみになってしまいました。絶滅の原因としては琵琶湖から移されたホンモロコと、餌や生息空間をめぐる種間競争が生じて追いやられたとか、周辺のタモロコとの交雑により純系が消失したなどと推測されています。ただ、近年のDNA研究によって、天竜川水系とその周辺には他地域に見られない特有の遺伝系統が確認されており、これがスワモロコの親戚にあたるのではと考える研究者もいます。

(細谷和海教授 提供)
さて、絶滅種とされているスワモロコですが、ひょっとしたら、諏訪湖周辺のため池や流入河川、あるいは記載当時に生息していた木崎湖方面に生き残っている可能性はないでしょうか。当センターの生物調査のなかでも、スワモロコをはじめ、多くの絶滅危惧種の現状を丹念に調べていきたいと考えています。

【参考文献】
細谷和海(1997):日本の希少淡水魚. 長田芳和・細谷和海(編)「日本の希少淡水魚の現状と系統保存」, 緑書房, 東京.
Jordan, DS and Hubbs, CL (1925):Record of fishes obtained by David Starr Jordan in Japan, 1922.Memoirs of the Carnegie Museum. 10 (2): 93-346.
Kakioka, R., Kokita, T., Tabata, R., Mori, S., Watanabe, K. (2013):The origins of limnetic forms and cryptic divergence in Gnathopogon fishes (Cyprinidae) in Japan. Environ. Biol. Fish. 96: 631-644.
黒田長禮(1960):諏訪湖産魚類新目録. 魚類学雑誌. 8 (1-2): 35-46.
武居 薫(2007):諏訪湖魚類目録を検証する. 長野県水産試験場研究報告 9: 7-21.
執筆:北野